認知症に対する音楽療法: 原理と現時点でのエビデンス

認知症に対する音楽療法: 原理と現時点でのエビデンス
 

3. 歌唱がもつ多様な機能
音楽療法の最大の特徴は、複数の非薬物療法の要素を併せ持っていることである(図2)。音楽療法のセッションで必ずと言って良いほど用いられる歌唱は、有酸素運動の一つである。また、高齢者を対象とした音楽療法では、いわゆる懐メロが用いられることが多い。それは、患者がもっとも社会・家庭で充実して過ごしていた時代に耳にし歌ってきた曲を用いることで、患者はそのときの感情・気持ちを追体験する。これは“成功の追体験”に属し回想法の一種である。さらに、歌唱では伴奏やカラオケに合わせて歌う。無意識に誰もが行っているこの作業は、認知機能から見ると大変複雑かつ高度である。すなわち、患者はまず伴奏のピッチやテンポを聞いてそれらを分析する。そして分析結果に合わせて歌い、歌いながら自分の歌と伴奏とを聞き、両者が調和しているかどうかを判断する。もし自分の歌が伴奏とずれている場合にはその情報をフィードバックして歌唱を調節する。患者はこれらの作業を同時並列的に行っている。このように、歌唱を一つとっても運動療法、回想法、認知機能刺激訓練という多様なはたらきを含んでおり、それを患者に課題と意識させずに、かつ楽しんで行えるところが、音楽療法の優れた点である。

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