水。米・パン。

【神様が味方する人の習慣】
まわりに「魅力的な人たちが集まる人物」の共通点とは?

「人間」の生きる目的は、ほしいものを得たり、何かを成し遂げることではなく、

「人の間で喜ばれる存在になること」
「『ありがとう』と言われる存在になること」

これは私たちも大切にしていることですが、能力にうんと乏しい私たち。
これまで生きることができたのは『周囲の方によるお支え』によるもの。

ありがとうと仰っていただけること。
「よか晩じゃった!」と笑顔でお帰りをいただくこと。

『「思いを持たず」、よき仲間からの「頼まれごと」をただやって、どんな問題が起こっても、すべてに「ありがとう」と感謝する(受け入れる)こと。』
厳しい世の中の状況にあって腐ることなく毎日過ごすことでご褒美とも思えるような ちょいカラサロンの滑り出しもそうですし、良いご縁をいただくことができたことは本当に不思議なこと。

廃業の選択を視野に入れながらの営業はとても苦しいものがある訳ですが、私たちが”どのように日々過ごしているか”を神様が試されているのかも知れないと思うんですね。
『「そ・わ・かの法則(掃除・笑い・感謝)」を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に、「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言わないこと。』

『お客様に育てていただくことで私たちの立ち位置は決まってくるもの。水のようでありたいもの。』
これはサイト作成の際、私たちの思いを書かせていただいたものですが、思いを持たないことからダメなお店に分類されているのかも。と真剣に悩んだ時期もありましたが、「ありがとう。」「よか晩じゃった!」と笑顔でお帰りをいただけるよう店舗運営を続けてきて本当に良かった!と思えるほど不思議な出来事のあった2.17と2.18。

状況は良くなるどころかより厳しくなっていますが、今日も笑顔で過ごしたいと思います。
良い一日になりますように。😊

PAGE TOP