どれだけ握ってもシャリの数が同じ!
職人さんの凄さを紹介する企画の番組を子供の頃にテレビで観たことがありますが、
当時は凄い!と思いましたが、何十年も修行をされてこられたんですものね。
実際に米の数を数えたことはありませんが、
大体同じグラム数で握ることは出来ます。
ブログにも書かれていますが、当時、テレビを観ていた職人さんの多くは当たり前だよ。と思われたはず。
今日はスタッフに向けて少しお話をさせていただこうと思います。
接客、接遇もそうですが、大切なことは接客以前の心がどのような状態であるかということ。
シャリの数やグラム数を同じにすることは大変な努力だと思いますが、これはあくまでも技術ということですものね。
意識して続けることで、それらしい形を作り上げることはできると思うのです。
また、私たちが日頃、利用するコンビニでも接客の教育をされているはずですが、
それでも一部の不心得な人による事件が多発した時期もありましたね。
ですので接客というのは形だけのもの。
極端な言い方になりますけれど、私はそう思うんですね。
映画 ハッピーフライトの中の一場面ですが、飛び立とうとしている飛行機に向けて、空港関係者が手を振って笑顔で見送る場面がありましたが、『ドア閉めてさっさと行って~』と。
これは演出ですし、仕事のストレスや軽い冗談から、つい口にしてしまうこともあると思いますが、
褒められるものではありませんよね。
ただ、こうしたことがあったとしても、心がどこにあるか。ということだと思うのです。
ご利用下さることで私たちはお仕事の機会に恵まれている。という気持ちや心は言葉ではなく、
行動によって判断すべきだと思うのです。
『思っていなければ言葉に出ない!』という意見もあると思いますが、
車のハンドルに遊びがあるようにあまりにも物事を窮屈に捉えてしまうとストレスが溜まって最後は爆発してしまうはず。
もちろん、愚痴や不平不満を思わないことが良い訳ですが、
それらをすべて吸収している人を私はこれまで見たことがありません。
人には大なり小なり表と裏の顔があると思いますが、裏の顔が汚い心に支配されていなければ、それはアリだと考えています。
バイトテロの問題も自己承認欲求を満たしたいなどの動機であれば、困らせてやろう!という動機と比べた時、決して許されるものではありませんが、親やバイト先、世の中それぞれの教育が足りなかったことも、その一因だと思うのです。
相応の処分を受ける(教育)必要はあると思いますが、日常生活が成り立たなくなるほど追い詰めることではないと思うのです。
今日のお話もズレてばかりですが、4年近く続いたコロナを体験して思うことは、
わざわざお店に来て下さることへの有り難さということです。
もちろん、ご来店をいただけるよう、できるすべての努力は重ねていますが、
お客様から『ここは来ようと思う人しか来ないよね』と言われるほどの立地条件ですし、
私たちは完全な消費期限切れ、、、😅
そんな条件にも関わらずお越し下さるなんて、これほど有難く嬉しいことはありませんよね。
業種に関わらず、立地条件に恵まれたお店でしたら、フリーのお客様のご利用も期待できると思いますが、ちづるは地元の方も通ったことのない路地沿いの小さなお店。
それにも関わらずご贔屓下さる訳ですから、私たちは洗練された接客を目指すのではなく、
心からの接客・接遇に努めることだと強く思うのです。
お客様はリラックスを求めてご来店下さる方が多いように感じますが、
ホテルや旅館など、宿泊業のような接遇は逆効果になってしまうでしょうしね。
一定の節度を持ちつつ、お楽しみいただけるよう努めること。
何よりも大切にしているのは、きれいな心による接客ということ。
敬意をもってということもそうですよね。
被害者として話をされていた人はいつまでも理解できないと思うのです。
心の中で散々バカにしておいて、表面上の接客をしてみたところで、付き合いを重ねて行く中の行動で相手に伝わるもの。
加えて高い料金を請求なのですから、爆発したくなるのは分かるような気がするんですね。
ですので、汚い心のまま表面上の接客を行うということは、錆が生じた地金の上に粗悪なメッキを施すようなもので、
短い時間で錆が浮いてくることと似ていると思うのです。
よくご紹介をさせていただく彼女ですが、接客・接遇という点では落第点だと思っていますが、
お客様にお喜びをいただきたい! 共に働く中でそうした気迫を感じるんですね。
お客様のお話を伺うことで、ペラペラお喋りをしないように!と何度も指摘をするのですが、
自分自身の話を聞いて欲しい。ストレスを発散したい。という心が見えればいけませんが、とにかく楽しんでいただきたい!という気持ちからマシンガンのようにお話をしてしまうのだと思います。
お客様は椅子に縛り付けられたようになってしまう訳ですが、
それにニコニコ顔でお付き合いいただける理由は、そうした彼女の気持ち、心が伝わっていることによると思うのです。
もちろん、このままではいけませんので厳しくお説教をしないといけないですね。😅
汚い心を隠して数時間くらいなら我慢できちゃうもん!とでもいうのでしょうか。
そういう人は役者さんのように頭の中に切り替えスイッチがあるのかも知れませんね。
演技という技術によって、それらしく振舞うことも出来るでしょうし、お上手も言えるわけですが、
粗悪なメッキほど剥がれてしまう。
言葉に乱れは見られなくても、目つきや表情を見ていれば分かりますものね。
もちろん、お客様に失礼がなく、クレームも出なければ良い。
特に夜のお仕事を希望する人は少ないようですので、そうした考えも理解できますが、
汚い心はきれいな心を侵していくもの、、、
カビの生えたミカン。
近くにあればあるほどカビてしまうことと似ていると思うと、大切なお客様に心の中でアッカンベー!をしているようではいけないと思うのです。
ちづるの採用においては心を優先しています。
ただ、採用後において汚い心が見えたとしても、すぐに辞めていただくということはありません。
雇用した責任もありますので必要な教育を行う訳ですが、どうにもならないレベルの場合、自主的な判断を待つしかないと。
辞めたくなるような雰囲気を作るようなことはしていませんが、どれだけ上手に演じていても、息が詰まるというか、水が合わなくなるのだと思います。
それらしい理由を立てて自ら去っていく場合がほとんど。
社交飲食店ですので美貌やスタイルが良いことは集客という意味において有効だと思いますが、
汚い心、卑しい心の持ち主とのお仕事でしたらお断り。
と、その前に『こんな堅苦しいところなんかで働けるか!』と捨て台詞を言われてしまいそうですが、
こんなことはありませんが、幕の引き方。
どう行動するのかがその人の本当の姿で、ああやっぱり。と残念に思う訳ですが、お店の不利益は早く解消した方が良いですものね。
ちづるはメルヘンというか、頭の中がお花畑と笑われると思いますが、
誠実な人とお仕事をしたいですし、そうした仲間と運営をしていきたいと思うのでした。😊
おしまい。