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「あの子はディズニーランドに7回も行ってずるい」…体験が多い子どもが幸せだと刷り込む「体験格差」への違和感

牛丼屋さんやカレー屋さんの金券をもらえればおなかを満たすことはできるかもしれませんが、彼らに必要なのは、子ども食堂みたいなところで、つくってくれたひとの顔を見ながら、仲間に囲まれて食事する体験ですよね。何かを学ぶという意味での体験に関していえば、キャンプや遊園地に使える金券をもらうことよりも、夢パークのようなところでみんなと遊ぶ体験をすることですよね。

 

「体験が足りない、かわいそうな子」…お金がかかる体験を重視する親が知らない「しあわせの原体験」とは
 

やきそば300円、フランクフルト300円というお店が出たのね。フランクフルト300円って、大人向けの縁日とか、大学祭の値段じゃん、みたいな。一本50〜60円で買ってきたフランクフルトを300円で売って、250円の儲けが出て、それが自分たちのしあわせだみたいな価値観になっていくのはなんか違うと思いません? たとえば商品を10個しか用意していなくてほとんど儲けが出なかったとしても、子どもたちは「俺たちの店がいちばん先に売り切れた! 最高じゃん!」とか言ってしあわせな気分でいたりするわけ。大切なのは、あるものを工夫して使って、分かち合って、「楽しかったね」「しあわせだね」と思える子どもをどう育てるかなんですよ。

 

「しあわせ」という言葉から、ステテコと白いシャツを着た父親と手をつないで、上野の陸橋の上から行き交う電車を眺めている場面を思い出します。そういう原体験を大事にすればいい。お金がないと十分な体験をさせてあげられなくて不幸だと思う親が増えると、不幸な子どもをつくり続けることになってしまいます

 

『2018.08.28
うんと昔。
製パン工場の方からいただいた袋一杯のコッペパン。
暮れていく土手で笑いながらお腹いっぱい食べたことがありましたけれど、
思えば。今までの人生で一番贅沢で、楽しい食事だったと。』
 
8年経った今でも一番贅沢な時間、食事だったと思うんですね。
 

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