「茶道の作法」に縛られずにお茶を楽しむこと
 
利休が点てた茶をぐぃ~っと一気に飲み干す秀吉。
それを見た信長は「秀吉っ!」と厳しく叱りますが、利休は「茶は思いのままに飲むが良い」ととても優しい表情。
 
これは大河ドラマ秀吉で描かれた創作ですが、”抹茶は亭主(お茶を点ててくれる人)が心を込めて点てていますので、それを感じて召し上がっていただくことをお勧めします。ただそれに尽きます。”だと私は思うのです。
 
ドラマの中で秀吉は一気に茶を飲んだ後、「それまでの迷いが雲散霧消し申した!」と、とても良い表情をしていましたが、思いが伝わったことを利休は喜んだのでしょう。
 
上記リンクでは『もし堅苦しかったらそれはちゃんともてなせていないことになると思います』とありますが、そうした空気を作ってしまうのはもてなす側の問題。道として修業している人の問題で、もちろん最低限のマナーはあるのでしょうが、押しつけは修行が足りない証拠であると私たちは考えるんですね。
 
礼儀や作法を重んじることは悪いことではありませんが、それに固執し過ぎる自分自身の心にある本当のものは何なのかを知ることで謙虚さが生まれるとでもいうのでしょうか。
 
何事でもそうですが、究めた人というのは大きな心を持っていますものね。
道は技術はもちろん、人としての成長・到達点を目指すもの。
何ごとも謙虚、寛容が大切ですね。

 

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