忘れていても、感じている。|12年目も大切にしたいこと。

ちづるは、12年目に入りました。

11年という時間の中でいろいろなお客様と出会い、いろいろな夜を過ごしてきました。
長く通ってくださっている方もいれば、旅の途中で一度だけ立ち寄ってくださった方もいます。

お酒を飲む場所ですから、
次の日になると、前の晩のことをあまり覚えていない方もいらっしゃいます。

「そんな話したっけ?」

なんて言われることもありますが、
忘れていても、感じてはいる、と私たちは思っています。

何を話したのかは忘れていても、楽しかったことやゆっくりできたこと。
嫌な思いをしなかったことということもあるでしょうし、
自分のことを気にかけてもらったこと。

そういうものは、出来事として覚えていなくても、
どこかに残っていると思うんですね。

そんなことを考えていたら、何十年も前のことを思い出しました。

私たちは旅行が好きで、よく出かけていました。

ある土地を旅行していたときのことですが、
日差しが強くて、サングラスが欲しくなりました。

旅先で使うだけだから、使い捨てのような安いもので十分。
そんなつもりで、たまたま見つけた眼鏡屋さんに入ったのですが、
そのお店の人たちが、とても感じのいい方たちだったんですね。

冷たいお茶を出してくださって、
いろいろな話を聞かせてくださって。
楽しい時間を過ごさせてもらいました。

なんですけれど、
お店の人たちから、何かを売り込まれた記憶はないんですね。

だからなのか、
「せっかくだから、ここで少し良いものを買おうかな」という気持ちになり、
予定していたものより少し奮発して、サングラスを買ったのですが、それが始まりでした。

その後、お店から手書きのお手紙をいただくようになりました。

電話で話すこともありましたし、こちらから地域の名産品を送ったり、
向こうから送っていただいたり。

いつの間にか、「店と客」というだけではないような付き合いになっていました。

季節ごとの旅行では、その土地へ行き、
その眼鏡屋さんへ行って、眼鏡を作ってもらったり、
修理をお願いしたりしました。

そのうち、
旅行のついでに眼鏡屋さんへ行くのではなく、
その眼鏡屋さんへ行くために旅行をする。

そんなふうになっていました。😅

何年か経ってから訪ねたとき、
お世話になっていた店長さんは、すでに退職されていましたが、
お店の方がその店長さんに電話をしてくださいました。

すると、店長さんはわざわざお店まで来てくださいました。

もう、その方から眼鏡を買うことはありませんし、
店長さんの売上になるわけでもないのに、それでも会いに来てくださり、
私たちを喫茶店へ誘ってくださって、コーヒーをご馳走してくださいました。

何十年も前のことですから、何を話したのか覚えていないのですが、
同級生に会った時のような懐かしい気持ちになったことだけは今でも忘れることができません。

今なら、こういうことを、「接客術」「顧客づくり」「リピーターづくり」
そんな言葉で説明することもできるのかもしれませんが、
でも、あの人たちは少し違ったように思うんですね。

私たち自身、長く接客の仕事をしてきましたので分かるというか、
感じるのですが、一度や二度なら、接客のテクニックでできることもあります。

笑顔で話すことも、親切にすることも、
手紙を書くことだってできると思いますが、

それが商売のためだけなのか。

そんなことは何年も付き合っていれば分かりますし、
感じます。

メッキなら、いつか剥がれると思うのです。

あの眼鏡屋さんの人たちは、
人の良さを使って商品を売っていたのではなく、
「人の良さが、結果として商品を売っていた」んだと、私たちは思っています。

考えてみれば不思議なもので、
使い捨てでもいいと思っていたサングラスから、
何年か後には、その人たちに会うために旅行をするようになっていたんですものね…

彼らは、最初から最後まで、
私たちに何かを売り込もうとすることはありませんでした。

それでも私たちは、「あの人たちから買いたい」
そう思い、何時間もかけてその眼鏡屋さんに行っていました。

ちづるも、12年目に入りました。

商売ですから、もちろん売上は必要です。
お客様からお代をいただいて、そのお金で店を続けている訳ですが、

人柄まで商売道具にはしたくない。

そう思っています。

お客様がお酒を飲んで、その夜の出来事を翌日には忘れてしまったとしても、

「どうせ忘れてしまうんだから」

そんな気持ちで接客をしたくありませんし、
覚えてもらうために接客をしているわけでもありません。

今日、目の前にいる人に、今日という時間を気持ちよく過ごしていただきたい。

それだけ。

何を話したのか忘れてしまってもいいと思いますし、
誰がどんな言葉をかけたのかなんて、思い出せなくなってもいい。

それでも、「なんだか楽しかったな」「また、ちづるに行こうかな」
そんなものが、どこかに残っていたら嬉しい。

その夜のことは忘れてしまっても、
そのとき感じた温かさまで、なくなるわけではありませんものね。

人は、忘れていても、感じている。って、
私たちはそう信じています。

12年目のちづるも、何か特別な接客のテクニックを身につけたいとは思っていません。

売るために優しくするのでもなく、
また来てもらうために親切にするのでもなく。

目の前にいる人を、大切にする。

何十年も前、旅先の小さな眼鏡屋さんで出会った人たちが、そうしてくれたように。

12年目のちづるも、そんな当たり前のことを、
当たり前に丁寧に続けていけたらと思っています。

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