
ちづるでは、GOLD120以上をご利用のお客様へ、ママが作る家庭料理をお出ししています。
高級なお料理ではありません。
煮物だったり、汁物だったり、野菜のおかずだったり。
家の食卓に並ぶような、ごく普通のお料理ですが、
お客様にはお喜びをいただくことができています。
最近、思うことですが、
家庭料理を食べるということには、栄養とは別の意味もあるのかも…
そんなことを思って、少し調べてみると、
家庭で料理をすることや、誰かと共に食事をすることについて、
興味深い研究がいくつもありました。
「料理ができること」と、人とのつながり
2026年、日本の子どもと保護者3,641組を追跡した研究が、
学術誌『BMC Psychology』に発表されています。
研究では、子どもが小学4年生の時点で保護者の調理スキルを調べ、
その2年後の子どもの状態との関係を調べたものです。
その研究によると、保護者の調理スキルが高いほど、
子どものレジリエンス(困難から立ち直る力)や、
人を思いやる向社会的行動が高い傾向が確認されました。
研究者たちが調べていくと、
その関係の一部には、家族の信頼やつながり、親子の会話、一緒に料理すること、食事にまつわる日々の習慣などが関係していました。

これを読んで、ママが作ってくれるお料理にも通じるものがあると感じました。😊
家庭料理には「あなたのことを考えた時間」がある
お料理って、食べる人のことを思い巡らせながら作るものだと思うんですね。
身近で見ていて、ママはその思いが人一倍強いように感じます。
「昨日はお肉だったから、今日は魚にしようか」
「単身の方だから、野菜も食べてもらおうね」
「〇〇さんは、これが好きだったな」
「これは苦手だったな」
「今日は暑かったから、さっぱりしたものがいいよね」
どれも小さなことですから、
「これは愛情!」だなんて、ママは少しも考えていないと思います。
でも、その人のことを考える時間があって、
お買い物へ行き、しっかり時間をかけて調理をしてくれる。
簡単に出てきたように見える一皿でも、
食卓に置かれるまでには、いくつもの手間暇がかかっているんですものね。
なので、ママのお料理だけが特別ということではなく、家庭料理というのは、
食べ物の中に、その人を思った時間まで入っている。
そんな気がするのです。

ママが持たせてくれる小さなお弁当でも、私は必ず手を合わせて、感謝しながらいただくようにしています。
実際、「誰かのために料理をすること」そのものを調べた2026年の研究もあります。
4つの研究、合計1,500人以上を対象に調べたところ、
誰かのために料理している最中には、料理する人自身のポジティブな感情や幸福感が高くなる傾向などが確認されました。
研究では、こうした行為を「prosocial cooking(他者のための料理)」として捉えています。
お掃除もそうですが、お料理というのは単なる家事の一つではなく、
大切な人のためにする、小さな思いやりの行動
なんだな。って思うんですね。
「一緒に食べること」にも意味がある
料理だけではありません。
家族で食卓を囲むことについても、たくさんの研究がされています。
2023年には、それまでに発表された41本のシステマティックレビューをさらにまとめたアンブレラレビューが発表されています。
そこでも、家族での食事と、子どもや若者の食生活、
心理・社会的な状態など、さまざまな側面との関連が研究されてきたことが整理されています。
また別のシステマティックレビューでは、
家族で食事をする頻度が高いことと、若者の自尊感情や学校生活などの良好な心理社会的指標との関連が報告されています。
もちろん、こうした研究の多くは「一緒に食べれば必ず幸せになる」
という因果関係を証明したものではありません。
家庭環境や経済状況、親子関係など、
いろいろな条件も関係していますので、
研究と私たちの日常の感覚が、そのまま同じというわけでもないと思います。
それでも、多くの研究を眺めていると、
食事という毎日の何気ない時間が、人と人とのつながりをつくる場所になっている
ということは見えてきますよね。
大人になると、家庭料理を食べる機会は減っていく
子どもの頃は当たり前だったことが、大人になるとなくなっていきます。
仕事から帰ってきて、
「おかえり」
と言われて、温かいご飯が出てくる。
一人暮らしをしていたり、仕事が忙しかったりすれば、そんな食事はなかなかありません。
コンビニのお弁当もおいしい。
スーパーのお惣菜も便利です。
外食なら、家庭では作れないようなおいしい料理もたくさんあります。
それはそれでいいと思います。
ただ、
「誰かが自分のためだけに作ってくれたものを食べる」
そうした経験だけは、同じ「食べる」ということでも、
心に残るものが少し違うように私は感じています。
ちづるの料理も豪華でなくていい?
ママがお料理をお出しするとき、
私は高級な食材や、見栄えのする豪華なお料理でなくてもいいと考えています。

それよりも、
「今日はこれを作ったから食べて」
くらいがいい。
煮物があったり。
お味噌汁があったり。
ちょっとしたおかずがあったり。
「ちゃんと野菜も食べなくちゃダメよ」
なんて言われたり(笑)
ママのお料理は、レストランのような繊細で完璧なものではありません。
でも、
誰かが自分のことを思って作ってくれたものを、近しい人と一緒に食べる。
そこには、料理の値段だけでは測れない大切なものがあると思うのです。
食べることは、命をつなげること。
それをずっとママにしてもらってきて感じていることは、健康な体でいられることはもちろん、
「自分は、それだけ大切にしてもらってきたんだな」
という気持ちなんですね。
「おいしかった」より、少し先にあるもの
お客様から、
「おいしかった」
と言っていただけると、私までも嬉しくなります。
でも本当は、そのもう少し先にあるものを、私たちは大切にしています。
仕事で疲れた日。
ちょっと嫌なことがあった日。
特別なことは何もない日。
そんな日に、
温かいものを食べて、
誰かと少し話して、
笑って、
「じゃあ、またね」
と帰っていく。
研究の言葉を借りると、食事は人とのつながりや会話が生まれる一つの場所ということですものね。
もっと普通の言葉で言えば、
ご飯を一緒に食べると、少しだけ人との距離が近くなる。
それくらいでいいのかも…
家庭料理は、あとになって分かるもの
子どもの頃に食べた母の料理を思い出すことがあります。
ものすごいご馳走だったわけでもないのに、
お味噌汁だったり、
煮物だったり、
おにぎりだったり。
不思議なくらい覚えています。
そして、ママがお料理する姿を間近に見るようになってから、
「お料理が出来上がるまでに、こんなに時間と手間がかかっていたんだ…」
と気づきました。
お買い物に行って、
献立を考えて、
切って、
煮て、
食べ終わったら片づける。
毎日のことだから気づかなかっただけで、
そこには母が私のために使ってくれた時間がありました。
もしかすると家庭料理の一番の良さは、
味ではなく、その向こう側に人が見えること
なのかもしれませんね。
ママの作るお料理に、私はそうした温かさを感じています。
豪華じゃなくても、完璧じゃなくてもいいんですよね。
お客様には、お帰りの際、
「なんか、今日はいい夜だったな」
そうお感じいただけたら。
それがイチバン。
そんなお話でした。
参考にした主な研究
Tani Y, Isumi A, Fujiwara T.
Do caregiver cooking skills boost adolescent resilience and prosocial behavior? Results from a population-based longitudinal study in Japan.
BMC Psychology, 2026.
Snuggs S, Harvey K.
Family Mealtimes: A Systematic Umbrella Review of Characteristics, Correlates, Outcomes and Interventions.
Nutrients, 2023.
Harrison ME, et al.
Systematic review of the effects of family meal frequency on psychosocial outcomes in youth.
Canadian Family Physician, 2015.
Hui BP, et al.
Cooking for others is food for the soul: Consistent momentary, but mixed trait-level well-being benefits for home cooks.
Applied Psychology: Health and Well-Being, 2026.
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