同じようなことばかり書いていますが、どうしても振り返っておきたくて8周年を前に色々思うことを書いてみたいと思います。
8年間の間、コロナがありましたので実質4年だと思いますが、スタイルの見直しをしたのがコロナ騒動が始まる1年ほど前、、、
持続化給付金を始め各種の補助をいただいた訳ですけれど、
コロナ禍を乗り越えることが出来たのはお客様のおかげ。
今日はそんなお話をさせていただこうと思います。
開業の動機は縁者のいない鹿児島で色々な方と仲良くなりたいというもの。
毎日でも通えてみんなで楽しく過ごすことのできる場所。
歌うことが好きだったということもあります。
そんな理由からスタートしましたが、夜のお仕事は未経験ですし、お店の運営なんてしたことがありませんから、
同業者の先輩にひとつひとつ教えていただくことから始めましたが、
『ここでは精一杯もらっても3千円が限界だよ』と教えていただいたことと、
その方が経営するお店は2500円ということもありましたので、私たちもそれに倣って飲み放題、歌い放題、時間制限なし2500円でスタートしました。
開業するにあたって心配だったのは、知人の少ない私たち。
声をかけさせていただく人も少ないこともありましたし、それにお店は場末にありますしね。
それに。
私たちが入居する前の店舗には良くない噂も流れていて。
そんな場所で開業する訳ですから花輪を並べる程度では来ていただくことはできないでしょうからね。
ですので知人はもちろん、そのお友達やお知り合いの方の口コミ力に期待して、開店から3日間限定で振る舞いという形によりオープンをさせていただくことにしました。
これはとても反響が大きく、お友達と誘い合わせてご来店下さる方も多かったですし、
毎日通って下さる方も多くて目の回るような忙しさだったことを今でも懐かしく思い出します。
その効果もあって、その後は連日多くのお客様で賑わいましたが、
長くされていらっしゃるお店を超えるほどではなかったことからおでんを始めたり、
ピザを焼いてみたり。
お通し。
今はお肴と呼んでいますが、ライバル店はお通しとして幾種類ものお惣菜を出されていたことから、
それよりも良いものを!という掛け声からどんどんサービスを良くしていきました。
最後は焼き立てパンをお出ししたり、もう何屋さんか分からないほど。😅
今思えば方向の違いを感じますが、当時はお客様に満足してお帰りいただくことという気持ちで手を抜くことなく頑張っていました。
ですが、当時のちづるから見てランクの上のお店を利用されていらっしゃるお客様にはウケが良くないんですね。
楽しいか、楽しくないか。といえば、楽しくお過ごしいただいていたと思いますが、
静かさが全くないんですね。
連日、居酒屋の賑わいのようなお店で、カラオケも当時はゾロ目が出ると、ビールを差し上げるようにしていましたので、
カラオケはジャンジャン入りますし、店内に響き渡る声でお話もされていましたしね。
そですので静かというのか、落ち着いて過ごしたいという方は離れていくばかり、、、
それでもスタイルを変えることは出来なくて、そのまま時間だけが過ぎていたというのが当時のちづる。
『あんたのところ、悪いお客さんばかりだって評判だよ!』と指摘されたのもこの頃、、、😅
『どうしてこんなところで働いているんだ!』
そう指摘されて泣き出した女の子がいたのもこの頃だったと思います。
ちなみにその彼女。
ちづるをよくご利用下さっていたお客様の娘さん。
ここなら働いても良いよ。とのことから力を貸してくれていましたが、大学卒業を機に辞めることに。
唯一の若い子でしたが、これでまたお婆さん二人に逆戻り、、、
この時は週末の利用が多かった時期で、二人ではてんてこ舞い状態。
彼女の抜けた穴を埋めなくてはということで来ていただいたのが、夜のお仕事の経験者。
彼女はとても控えめで、それでいてママをしっかりサポートしてくれる人。
私たちの店舗運営の見直し、助言をしてくれたのも彼女で、私たちの人生の中での大恩人と言える人。
当時は手ごろな価格でお楽しみいただこう。というのが私たちの基本的な考え方。
お客様には2500円以上はいただかない。と決めていたことから、
それではいけない。と思ったのでしょう。
カラオケでビールを差し上げたり、ボトルも置いていない。 キャストドリンクもいただかないという考えを改めるよう指摘を受けました。
もう一つは価格を上げることでしたが、手ごろな価格で通いやすいお店づくりを目指していた私たちには抵抗を感じましたが、とにかく大盤振る舞いの毎日。
赤字ギリギリでしたので、じゃあ500円だけあげてみようということで、3000円に値上げをすることにしました。
キャストドリンクに対して私たちは消極的でしたが、彼女は『おビール頂戴してよろしいですか』と笑顔でどんどんいただいてくれるんですね。
お店を運営している私たちがそんな姿勢ではいけないということで少しずつ慣れるよう努力したのはこの頃から。
このスタイル変更で離れて行かれたお客様もたくさんいらっしゃいましたが、同時に私たちと同世代のお客様が増えるようになりました。
値上げと同時に居酒屋さんのような店内の見直しをしたのもこの頃。
おでんの鍋を片付けたり、揚げ物用のフライヤーを処分したり。
看板も赤地に黄色の『飲んで、歌って、2500円』から名前だけに変更しました。
※この看板は現在の深夜営業で使っています。
何も残していませんので思い出しながら書かせていただきましたが、これ以降は上記リンクと内容が同じですが備忘録として続きを残しておこうと思っています。
これはまた別の日に書かせていただこうと思います。
おしまい。😊