もうすぐ12年目に入る、ちづる。
長かったような。
あっという間だったような。
振り返ってみると、最初から今のようなお店を作ろうと思っていたわけではなく、
お客様と過ごしながら、これはあった方がいい。
これは、なくてもいい。
ゆっくりお過ごしいただくためには、こうした方がいいよね。
そんな作業を繰り返すうちに、今のちづるになりました。
そして12年目を前にして、
これから、どんなお店にしていきたいのだろう。ということを、改めて考えています。
コロナ禍を境に、国分の夜も変わりました

ちづるにとって、大きな転機になったのは、やはりコロナ禍だったと思います。
あの頃を境に、国分の夜から本当に人がいなくなりました。
その後、人は戻ってきたようにも感じていますが、
私たちが見ている限りでは、コロナ以前と同じ夜の街に戻ったとは感じられなくて、
コロナ騒動が始まったころの夜。という感じでしょうか…
生活習慣の変化ということも言われていますが、
世の中の景気が悪化していることも大きな要因なんでしょうね。
ちづるをご利用下さるお客様はずいぶん少なくなってしまいました…😢
コロナ禍では休業に係る協力金や各種補助金をいただくことができましたが、
私たちにとって、コロナ禍は大変な時期で、
「このまま続けていけるのかな。」と不安になるばかりでしたが、
あの時期がなかったとしたら、
今のちづるには、なっていなかったようにも思うんですね。
お客様が少なくなって、見えるようになったこと
コロナ禍以降、私たちは客層や料金について、改めて見直すようになりました。
いつ終わるか見通しのつかない状況が続いて、苦しさは増すばかり…
本来であれば、以前のようにたくさんのお客様に来ていただけることを考えないといけなかったのでしょうが、
これまで来てくださっていたお客様に、私たちは何ができたのだろう。
そちらを考えるようにしました。
コロナ禍でお客様が少なくなったことは、
協力金や補助金をいただくことで、一時的に乗り越えることはできましたが、
商売として考えれば、決して喜べることではないですものね。
不思議なもので、お客様が少なくなったからこそ、
一人ひとりの方を見るというか、知ることができるようになったんですね。
以前なら気づけなかったことに、少しずつ気づけるようになった訳ですが、
4年近く続いたコロナ禍によって、見えなかった、感じなかったことが見えるようになってきたように思うのです
。
お店の中だけを見ていたのかも知れません
振り返ってみると、コロナ以前の私たちは、お店のことばかりを見ていたのかも知れません。
今日は何人来てくださった。とか、明日はどうだろう。だなんて、
営業が終われば疲れ果てて、また次の営業…
もちろん、お客様を大切にしていなかったつもりはありませんが、
お客様の、お店の外の暮らしというか、背景ということですが、
そこまで考える余裕がなかったというか、見ようともしなかったことを反省しました。
コロナ禍では、話し合う時間が十分ありましたので
これまでの私たちの店舗運営のあり方について、何日間もママと話し合ったことを今でも覚えています。
創業当初は、自分たちがしてもらえたら嬉しいと思うことを、お客様にもしていましたが、
ただ、営業が忙しくなるにつれて、お客様がその場で求められることに応えるだけで精一杯になってしまい、
いつの間にか、そうしたことをする余裕がなくなっていきました。
コロナ禍で地獄を見た。というのは、大袈裟ですが、
どうせダメになるのであれば、私たちがやりたいと思うお店に再構築していこう!
そんな合言葉だったと思います。
自分たちがしてもらったら嬉しいことを
今は、一人暮らしのお客様にお惣菜をお届けしたり、
たまには一緒にランチへ行ったりすることもありますが、
自分たちだったら、こんなことをしてもらえたら嬉しいな。
コロナ以降、そんなことを少しずつ形にしてきました。
その他、お客様が少なくなってしまったことで暇になってしまった、ちづるでしたが、
ずっとやってみたいと思っていたシニア向けサロン(ちょいカラサロン)を始めることも出来て、
コロナ禍とは違った難しさを感じる日々が続いている訳ですが、
私たちの気持ちは、コロナ禍の、あの八方ふさがりで絶望的な毎日とは明らかに違うんですね。
お惣菜をお届けすると、喜んでくださいますし、
一緒にご飯を食べに行けば笑ってくださいますしね。
お店とは違うお客様の表情を知ることができるようになり、
そういうことを続けているうちに、
お客様の方にも、少しずつ変化が出てきたように感じています。
以前より外へ出ようとされたり、何かに参加してみようと思われたり。
次は何を始めるの。なんて、楽しみにしてくださったり。
上手に言えないのですが、
ほんの少しだけ意欲的になられたように感じて、
そうした姿を見ると、私たちももっとがんばらないと。と思うのです。
大切にすることで、大切にしてくださる
ちょいカラサロンでも、嬉しい変化がありました。
最初はあまり話さなかった方が、少しずつ話してくださるようになったり、
今までしなかったことをしてみようとされる方もいらっしゃいますし、
私たちに何かを持ってきてくださる方もいらっしゃいます。
それは夜のちづるでも同じことで、
長く、お付き合いをしていく中で、以前は分からなかったお客様の気持ちが、
少しずつ分かるようになったことがあります。
私たちが長くお付き合いをしてきた男性の、言葉にはしないけれど、
その人なりの「ありがとう」だったり。
そんなことにも、以前より気づけるようになり、最近、強く感じていることは、
「大切にすることで、大切にしてくださる。」ということで、
大切にしてくださるから、私たちもまた大切にしたくなるんですね。
「〇〇をしてもらったから、こちらも〇〇をする」
こうした損得のような考え方では、本当はいけなくて、
見返りなんて考えずに、誰にでも同じようにできれば、一番良いことなんですけれどね。
でも、
ちづるは、ママと私の二人しかいませんし、
体力にも、時間にも、できることに限りがあることから、
大切にしてくださる方を、私たちも大切にする。
今の私たちにできることは、この辺りが精一杯なのだと思っていますが、
それでも、不思議なもので、そういうことを続けていると、
お客様の方から何かが返ってくるんですね。
お金という意味ではなくて、
「ありがとう」と言ってくださったり、今まで参加されなかったことに参加して下さったり。
お店に来て下さる回数を増やして下さるお客様もいらっしゃいます。
そんな風にしていただくと、私たちまで嬉しくなって、
作ろうと思っても、なかなか難しかった「小さな良い循環」が、いつの間にかできてきたように思うのです。
ちょいカラサロンも、同じです
これは、昼の「ちょいカラサロン」も同じです。
ちょいカラサロンはカラオケをメインとした営業をしていますが、
歌が上手な人を集めるために作った場所ではありません。
歌の好きな方ばかりがどんどん集まって、マイクがなかなか回ってこない。
上手な人の中で、歌うことに自信のない方が歌いづらくなったり、
カラオケを目的にしていないシニアの方が、なんとなく居づらくなってしまう…
これは私たちが作りたかった「ちょいカラサロン」とは少し違うんですね。
カラオケ喫茶で重要視されるマナーではなく、
歌ってもいいし、話してもいい。
人の歌を聴くのもいいし、お話をしていてもいい。
ときにはみんなでご飯を食べたり、グランドゴルフをしたり、少し遠くまで出掛けたり。
カラオケは、その中にある楽しみの一つでしかないと思うのです。
お酒を出さないことには、理由があります
昼のちょいカラサロンでは、お酒を提供していません。
お酒を出せば、売上にもなるでしょうし、
そうした需要はあるようなんですけれどね。
でも私たちは、お酒を飲まない方も気兼ねなく過ごせる場所にしたかったということもありますし、
お酒を飲む人と飲まない人で、過ごし方が大きく変わってしまうような場所にはしたくなかったのです。
歌わない人も、飲まない人もそこにいていい。
そうした環境を守ることの方を選びました。
ちょいカラサロンだけを一つの商売として見れば、
効率の良くないことばかりしている私たち…
それでも続けていられるのは、
夜のちづるに来てくださっている常連のお客様が、私たちが昼間に何をしているのかを知って、
応援してくださっていることも大きいと思っています。
夜と昼で、別々のお店のようですが、
私たちの中では、それほど違わないものだと思っています。
先に考えるのは、値段ではなく
店舗運営にはいろいろな考え方、作り方があると思います。
先に価格を決めて、その価格の中で提供できるものを考える方法もあるでしょうし、
たくさんのお客様に来ていただくために、価格を抑えるという考え方もあると思います。
でも、私たちはどうも、それが上手ではなくて、
先に考えてしまうのは、「お客様にどんな時間を過ごしていただきたいか。」ということなんですね。
そのために必要なものを考えて、一つずつ積み上げてきたのが、今のちづるです。
料金は、その中の一つです。
安くすることを先に考えて、その中にちづるを収めようとすると、
たぶん、私たちが作りたかったものとは違うお店になってしまうのだと思います。
これは創業早々に失敗したと感じたこと。
お客様が増えることが、喜んでいただけるお店を作ることとは少し違うような気がするのです
お客様が増えることだけが、成長なのだろうか
もちろん、お客様が増えてくださるのは嬉しいですし、
売上が増えることだって、商売ですから嬉しいのですが、
でも、
お客様が増えたことで、今までゆっくり話せていた方が話せなくなる。
一人で落ち着いていた方が、居場所をなくしてしまう。
これも創業当初の私たちが行っていた店舗運営で、
ちづるはいつも世の中の動きとは反対ばかりをしてしまうのですが、
お店を11年続けてきて、「悪くなった」とは思えないんですね。
来店数や売り上げは下がっているのですが、
12年目を前にして感じているのは、居心地の良いお店作りの基礎ができつつある。とでもいうのでしょうか。
嬉しく感じている一つでもあります。
右肩上がりではなく、「右下がり安定」
会社やお店の成長というと、「右肩上がり」という言葉をよく聞きます。
売上が増えて、お客様が増えて、お店が大きくなる。
成長というものは、こういうことだと思いますが、ちづるはその反対…
どう考えても、右肩上がりではありません。😅
コロナ禍以降、国分の夜から人は少なくなり、
ちづるのお客様も少なくなりました。
なので、人数だけを見れば、右下がりなのですが、
支えて下さるお客様に恵まれていることから、
「右下がり安定」って、変な言葉ですけどね。
そんなことを感じています。
そうした変化のおかげで、一人のお客様と話す時間は増えましたし、
お店の外で、その方のことを考える時間も増えました。
喜んでくださる顔を見ることも増えましたし、
お惣菜のお届けを楽しみにしてくださる方もいらっしゃいます。
そして私たちも、そんなお客様の姿を見て、
以前より嬉しいと思うことがうんと増えました。
そう考えると、
何が上がって、何が下がったのか。
数字だけでは、よく分からない。
そんなおかしな店舗運営をしています。
12年目は、この小さな循環をもう少し
12年目だからといって、
急に何か大きなことを始めようとは思っていませんし、
お客様を何十人も増やしたいと思っているわけでもありません。
それよりも、
今できている、この小さな良い循環をもう少しだけ広げてみたい。
そんなことを思っています。
大切にすることで、大切にしてくださる。
大切にしてくださるから、また大切にしたくなる。
その中で、
そうした小さな変化や連鎖が生まれれば、私たちには、それで十分なのかも知れません。
以前、
「発散する場所と、整う場所。」ということを書きました。
来てくださったときより、
ほんの少し表情が柔らかくなって帰っていただく。
話したり、笑ったり。歌ったり。
少しだけ、いつもの自分に戻る。
12年目のちづるがやりたいことも、
結局そこにつながっているように思います。
売上を上げるために、何をするか。
お客様を増やすために、何をするか。
もちろん、商売ですからそれも考えなくてはいけませんが、
その前に、この方に、良い時間を過ごしていただくにはどうしたらいいだろう。
そこから始める。そこから考える。
これからも、その順番だけは変えないでいたいと思っています。
12年目も右肩上がりになることはなくて、たぶん右下がり安定。😅
でも、その中にあるものを、もう少しだけ豊かにしていくことが、
今の私たちが考えている、12年目のちづるです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
出張や観光で霧島に来られた方で、
静かに過ごせる場所を探している方は、こちらもご覧ください。



