事実は違うんでしょうけれど、
「楽しい人生を送ることができた。さまざまな人に会い、さまざまな事を成し遂げられた。素晴らしい日々だった」はドラマ篤姫の中で、小松帯刀がお近さんに残したこの言葉。
篤姫を観て、鹿児島に移住を決めた私たちでしたが、
残りの人生が少なくなってきた今、篤姫の中のセリフを思う私たち…
あまりテレビを観なかった私に大きな影響を与えた大河ドラマ篤姫。
あの頃はドラマを観て、悲しいだけでしたが、
シニアと呼ばれる年齢になった今、感じるのは、
こんな最期を迎えることができたらいいな。ということ…
って、
まだまだ先のことなんですけれど、
大きな病気をして、入院することになったとか、
もとの体には戻れないようになってしまったとか。
少し前までは、そうしたことは耳に入ってきませんでしたが、
最近になって多く聞くようになったというか、
身近なこととして感じるようになったんですね。
お金の有無だけでは片付けることができない難しい問題…
目を背けていた訳ではなく、
見ようとしなかったのだと思っていますが、
そんなことを考えるようになったきっかけは、
ちょいカラサロンの運営を始めたということもあると思います。
うつになってしまったとか、
認知症になってしまったとか、
独り暮らしでどうにもならないという方もいらっしゃいますし、
亡くなられた方もいらっしゃいますしね…
死ということもそうですし、
老いるということがどういうことなのかを身近に感じるようになったからなのかも知れません。
私自身、怖がりということも大きいと思います。
なので、一人になってしまうことを怖く感じてしまうのかも知れません。
ただ、ママと一緒にいることで、
老後をどう過ごそうか。という不安は、あまり頭に浮かんでこないんですね。
それなのに、
人生最期のことだけは浮かんでくる。
それはネガティヴな考え方ではなくて、
老後を一人で過ごさなくても良いという安心感がさせているのかも知れません。
ただ、
死ということは避けて通ることはできませんものね。
そう思うと、
最期をどう迎えるのか。って、考えることで、
この先の人生の生き方が決まるというのでしょうか。
私の考えていることですから、
そんな大そうなものではないのですが、
老いることで、様々なことが不自由になったとき、
懐かしいと感じるものが、うんと若い頃のことを思い出すような私ではいたくないんですね。
できれば、
少し前のことくらいがいい。
昔を懐かしむのではなく、
最近のことを懐かしい思い出として持っていたい。
古い写真なんて持っていたくもないというか、
古い写真だけが懐かしいものになってしまうような、
そんな私たちにはなりたくないんですね。
今がいちばん楽しくないとおかしい。とでもいうのでしょうか、
これはママと私の共通する考えで、上手に言えないのでいけませんが、
苦労をしていたとしても、
過去ばかりを振り返るような自分にはなりたくないのだと思います。
言いたいこともやりたいことも、
全てできたとは思いませんが、高望みすることもありませんでしたので、
やり残したことがあったり、後悔していることはないんですけれどね。
そういう意味では、今死んでもいい。
健康さえあれば、いつ死んでも構わない。
ママは笑ってそんなことを言っていますが、
私たちにとって、これからを生きていくために必要な心構えみたいなものなんですね。
元気でいる間は元気に生きる。
いつ終わっても後悔しないように、今を使う。
そんなことなんですね。
シニア期に入っているにも関わらず、
いつまでも若い若いと思って、無理をして体を壊してしまう。
チャンスを逃してしまえば、新しい思い出は増えなくて、
若い頃の思い出ばかりを振り返るようになってしまう…
そんなことを思うんですね。
小松帯刀のように、
「素晴らしい日々だった」と言えるかどうかは分かりませんが、
この先、老いてどうしようもなくなったとしても、
うんと遠い昔を懐かしむのではなく、
数年前のことを懐かしく話せるくらい。
できるところまで、
元気なうちにママと二人で新しい思い出を作り続けていたい。
楽しい思い出のピークを、うんと昔のことにしておきたくなくて、
ピークを固定しておかないとでもいうのでしょうか。
老後のために何かをしておこうというより、
思い出のピークを昔のどこかに固定しないために、
今を過ごしている。
私たちがしたいのは、
そんな感じの生き方なのかも知れません。
それが、ちづるやちょいカラサロンのことであれば嬉しいですけれど、
そうでなかったとしても、それはそれで良いと思っていて、
「楽しい人生を送ることができた。
さまざまな人に会い、さまざまな事を成し遂げられた。
素晴らしい日々だった」
いつか私も、小松帯刀のように、
ママが私のそばにいてくれて、
私がママのそばに寄り添って。
最期に人生を振り返るとき、
ひとりではなく、大切だと思える相手と「いい日々だったね」って、
そう思えたら、それでいいのかな。って。
咳をしても一人
最期まで、それではちょっと寂しいですものね。
最後に一本、ヒットが欲しかったと思いつつ、
ママも私もまだ打席に立ちながら、そんなことを思うのでした。😅
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