私自身、一人で生きていけるかと言われれば、
絶対に無理だと思います。
ママはそんなことはないと思いますが、
素直すぎるところがあって危ういので、支える人が必要だと私は思っています。
弱い者同士と言ってしまうと、少し違うのですが、
ママと私、一人では足りないものを持った者同士、
補い合っているとでもいうのでしょうか。
そんなことを、最近思うようになりました。
ちづるを始めた頃、
毎日のように来てくださる私たちと同年代のお客様が数名いらっしゃいました。
仕事が終わればちづるで集まって、
みんなで飲んで、話して、笑って。
しりとりをしたり、トランプをしたり、
まるで兄妹のような、とても温かくて家庭的な関係でした。
毎日が同窓会のような家族団らんを楽しんでいるかのような、
そんな時代でした。
ただ、今になって思えば、
近くなりすぎたところもあったのだと思います。
一部の人たちにとって居心地の良い場所になりすぎれば、
その輪の外にいる人も出てきます。
親しさが深くなることで、
そこに嫉妬や独占のような気持ちを感じることもありましたし、
温かかった関係が、
近くなりすぎたことで壊れてしまったこともありました…
だからといって、
人と距離を置いた方がいいとは思っていなくて、
歳を重ねた今、思うのは人とのつながりの大切さということなんですね。
家族ほど縛ることはなくて、恋人ほど独占しない。
仲良しグループとまではいかなくても、赤の他人ほど遠くなくて温かい。
学生時代、教室へ行けばいつもの顔があった頃のような。
そんな関係って、ありそうでなくて、できそうでできないのですが、
今の時代、そうした関係を必要としている方もいらっしゃるのではないでしょうか…
今のちづるには、不思議とそんな関係があるんですね。
先日、大人の遠足へ行ったときのことですが、
ある方が「みんなと一緒だと食べれるよね」と言ったのですが、
私にはその言葉がとても心に残りました。
何を食べるかではなく、誰と食べるか。
どこへ行くかではなく、誰と行くか。
何を見るかではなく、誰と見るか。
きっとそんなことだったと思うのです。
いつもよりたくさん食べることができたり、
楽しくなったりするのかもしれません。
一人暮らしの方の場合、
家に帰れば一人に戻ることになりますものね。
今のちづるを見て感じていることは、
一人では足りないものを、それぞれが少しずつ持ち寄ることで、
寂しさを感じにくくするというか、楽しくなるというのか…
料理の持ち寄りと似ていると思うのです。
一人で全部作ろうとすれば大変ですが、
一人一品ずつ持ってくれば、いつの間にか食卓が賑やかになる。
人との関係も、そんなものなのかもしれませんね。
話をする人、聞いてくれる人がいて、
一緒に食べたり、出かけたりする人がいる。
気にかける人がいて、気にかけてくれる人がいる。
どれも一人ではできないことで、
誰か一人が全部を持っている必要なんてなくて、
誰か一人が誰か一人のすべてになることもない。
独占することもなくて、特別にしてほしいとも思わないんだけど、
会えば嬉しいし、しばらく顔を見なければ少し気になる。
ひとりで食べるよりも一緒に食べれば美味しいと感じることができて、
一緒に出かければ楽しい。
そんな関係くらいが、ちょうどいいというか、
必要なことだと私は思うんですね。
若い頃でしたら、自分だけを愛してくれる人と出会って、
その人と生きていくという選択、人生もあると思いますが、
このお仕事を続けてきて見えてきたということもありますし、
歳を重ねた今、人生はそれだけではないような気がするんですね。
「ここへ行けば、自分を知っている人がいる」
そんな場所が一つあることで、
人はずいぶん寂しさを感じにくくなるのかもしれません。
動画では、地域コミュニティに参加することについて紹介されています。
そういう場所が合う方もいらっしゃると思いますが、ママや私のように、大勢の中に入ると埋もれてしまう人もいると思うのです。
大人の遠足の記事でも書かせていただきましたが、
人がたくさんいる場所へ行けば、それだけで人とのつながりができるというものでもないような気がするんですね。
それに。
知っている人がいるという程度のことでしたら、
そういう居場所なんて、たくさんあると思います。
大切なことは、つり合いが取れているかということで、
これって、なかなか難しいことなんですよね。
お金を払って、サービスを受け取るというのは、
お店とお客様ですから、当たり前のことですが、
それだけで終わってしまうと、私たちが思っている「持ち寄る」とは、少し違うんですね。
私たちがお客様を気にかけることもあれば、
お客様が私たちを気にかけてくださることもある。
どちらか一方が与えるばかりでも、受け取るばかりでもない。
同じものを同じだけ返す必要なんてないけれど、
何かが行ったり来たりしている。
そんな関係だから、長く続いていくのかもしれません。
創業当初のちづるにあったような、
「家族団らん」的なお店づくりに戻そうと思っていたわけではありません。
それでも気がつけば、
今のちづるには不思議な関係の人たちがいてくださる。
そうした関係を何と呼べばいいのか分からないのですが、
一人では足りないものを、それぞれ少しずつ持ち寄っている。
そうすることで、
一人では作れなかった食卓が少し賑やかになる。
そんなイメージ。😊
考えてみると、人生もそんなものなのかもしれません。
お店の顧客維持施策だなんて、そんなつまらないお話ではなくて、
これから先、私たちの世代だからこそ、そんなふうに生きていけるのかもしれない。
若い頃のように「たった一人の特別な人」を探すことだけが、人とつながる方法でもないでしょうし、
だからといって、大勢のコミュニティへ入れば解決するわけでもないと思うんですよね…
自分に足りないものを誰かが少し持っていて、
誰かに足りないものを自分が少し持っている。
それを、少しずつ持ち寄る。
一人ですべてを持たなくてもいいし、
誰か一人を自分のすべてにしなくてもよくて、
足りないものをいろんな人と少しずつ行ったり来たりさせながら歳を重ねる生き方もあるのかなって。
そんなことを思うんですね。
私たちも、お客様も、
それぞれが持っているものを少しずつ…
私たちの世代だからこそできる、歳の重ね方。
12年目のちづるは、
そんな場所であってほしいなと思っています。
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