人生100年時代と言われていますけれど、
最近は、70代で亡くなられる方も多くて、
ネガティブ思考の塊の私が思うのは、残り少ない時間をどう生きるかというもの…
暗いお話のように思われると思いますが、そうではなくて、
大切なものと、そうでないものを少しずつ整理しておきたいとでもいうのでしょうか。
終活ということでもないのですが、
物の整理ではなく、楽しい思い出をどんどん更新しておきたいという気持ちなのかも知れません。
あの頃が良かった。って、
振り返る時代があまりにも遠いものでは寂しいと思うのです。
できれば数年前くらいのことを懐かしく思える私でいたくて、
なので、残り時間が気になるのかも…
最期の晩餐。
よく聞かれることですけれど、
人生の最期に食べたいものって、私は思い浮かばないんですね。
それよりも、ママと心ゆくまで楽しくお話をしながら終わることができたら、
それが一番だと思っています。😊
美味しいお料理が食べたいということではなくて、
時間をかけてゆっくりと、楽しい時間を過ごしたいということなんですけれどね。
これはもう何十年も続けてきていること。
ママと時間を共にすることで、辛いことや悲しいことを乗り越えてきたわけですが、
生きている限りそういうことって避けて通ることはできなくて、
この先も続くと思うんですね…
ストレスということだと思いますが、
それを、うんと和らげてくれたのがママとの晩餐。
そんな時間を残された人生の中でどれだけ作っていけるか。
それが、私が大切にしていること。
もちろん、
ママの手作りのお料理であれば良いのですが、
コンビニやスーパーで買ってきたものでも構わなくて、
私にとって大切なものは、
いつものことなんですけれど、
「何をするのかよりも、誰とするのか。」
なので、
本当に最後の晩餐があったとして、
カップラーメンにお湯を入れて、出来上がる前に命が尽きたとしても、
それまでの時間、バカな話をして笑っていられれば、幸せな人生だったと思って安心して逝ける。
どう生きるかよりも、どう生きたのか。
そんなことを考える年齢になったのでしょうけれど、
私の場合は、どう生きたのかよりも、誰と生きたのか。
私はこっちの方がうんと大切なこと。
80歳まで生きることができたとしても、
それでも残りの時間は少ないんですものね。
そう思うと、これからも誰とどう生きていくのか。

そんなことを大切にしながら、明日はピクニックを楽しみたいと思うのでした。
おしまい。
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