後悔したくないより、後悔させたくない。|誰かの幸せを願う生き方

ダイヤモンド・オンラインで、
「人生の最後に『最も後悔すること』・ワースト1」という記事を読みました。

もっと好きなことをしておけばよかった。
やりたいことに挑戦しておけばよかった。

人生の最後に、そんな後悔しないためには、
自分にとっての幸せを知ることが大切だという内容だったと思います。

ぼんやりと残り時間のことを考えるようになった私。
何をしているときに幸せを感じるんだろう。

記事には、日々の幸福度を数字で記録する方法も紹介されていましたが、
「後悔したくない」という気持ちは理解できるのですけれど、
私たちは世の中で生きていますものね。

無人島で一人暮らしをしているのであれば、それでも良いと思いますし、
後悔したくないという気持ちは誰もが持っている感情だと思うのですが、

この世の中、相手がいることで成り立つことの方が多いと思うと、
後悔したくないという気持ちの前に「後悔させたくない」という気持ちを置いた方が、
結果として自分自身を幸せにしてくれるのではないかと思うのです。

自分の幸せばかりを考えていないだろうか

幸せになりたいという思いは誰もが持っているものだと思います。

好きなことをして、好きなものを食べて、好きな人と過ごす。

これも幸せの一つだと思うのですが、
私たちは一人で生きているわけではありませんものね。

誰かに支えられ、
誰かに助けられ。

ときには誰かに我慢してもらいながら、やっと生きていられると思うのです。
もちろん、その逆もありますよね。

なので、
持ちつ持たれつ。😊

そう考えると、
自分の幸せばかりを考えていて良いのだろうか。
自分のことを優先してばかりで良いのだろうか。

そんなことを思うんですね。

食べることよりも、誰かに食べさせてあげたい。
飲むことよりも、誰かに飲ませてあげたい。

朝食タイム

ママは自分のお皿にパスタを盛り付けるのではなく、
私のお皿に先に盛り付けてくれます。

私はそのパスタにソースをかけてママの前に置くのですが、
お互いに相手のことを先に思い遣る。

そんな小さなことが、幸せの連鎖につながるのではないかと思うのです。

もちろん、
自分が立ち行かなくなるまですることなんてできないんですけれどね。

それでも、誰かに分け与えようとする気持ちや、
相手を思い遣る気持ちまで失ってしまってはいけないと私たちは思うのです。

読売新聞で俳優の羽田美智子さんがお母様の介護について語られている記事を読みました。
一人で介護を抱え込んでいた羽田さんが、お兄様たちに助けを求めたことで、家族のつながりが深まったというお話です。
参考記事:讀賣新聞オンライン「母の介護1人で抱え感じた限界、兄に本音打ち明け状況好転「誰かのため時間使えるのは幸せ」…俳優・羽田美智子さん」

記事の中に「幸せの連鎖」という言葉がありました。
誰かを支えることも、誰かに支えてもらうことも、
どちらも大切なことなんだろうなと思うのです。

長い箸の話

三尺三寸箸という話があります。

長いお箸を使って食事をしようとしても、自分の口に上手に運ぶことができないわけですが、
その長いお箸を使えば、向かい側の人に食べさせることができますし、
相手もまた、自分に食べさせてくれる。

私たちはこのお話が大好きです。

地獄では、誰もが自分で食べようとするばかり。
結局、誰も食べることができないわけですが、
この世の中でも、似たようなことがあるのではないかと思うのです。

自分のことばかりを考えるのではなく、
お互いに食べさせ合う天国のように、相手のことを思い遣る気持ちを大切にしたい。

私たちは、そんなことを思うんですね。

相手が先で自分のことは後回し。

それを自己犠牲と捉える方もいらっしゃいますが、
私たちは、そうした気持ちを大切にしたいと思っています。

誰かのために何かをしたとき、期待したものが返ってこなければ、
「何もしてくれなかった!」と思ってしまう人もいるのでしょうけれど、

思い通りの結果にならなかったことで、怒りや恨みの気持ちが生まれるようなら、それは悪因。
見返りを求めず、相手の幸せを願って行動し、それを自分自身の喜びにできるなら、それは善因。

そんなことを思うのです。

なので、
幸せになりたい!

そうした思いから行動を起こすことを否定しているわけではありませんが、
そんな気持ちを横に置いて、善を丁寧に積み重ねていきたい。

その結果として、幸せというおまけがついてくる方が良いと思うのです。

して欲しいと思うよりも、
「してあげたい」と思える方が、心豊かに暮らせるように思うんですね。

『お寺は何もしてくれない』

何かをしてもらうために奉仕するのであれば、本来の奉仕とは少し違ったもので、
そうした気持ちから生まれる不満や恨みは、悪因になるのではないかと思うのです。

退職すると、人間関係は変わる

現役時代でしたら、どんな人であったとしても好き嫌いに関係なく、
お付き合いをしなくてはいけませんよね。

苦手な相手であったとしても、仕事のために関係を続けるしかないわけですが、
退職すれば、そうした利害関係がなくなります。

会いたくない人には会わなくてもいいですし、
付き合いたくない人とは付き合う必要なんてなくなりますものね。

現役時代には周囲にたくさん人がいたのに、
退職した途端、誰からも連絡が来なくなる…

仕事で必要とされていたことと、
人として歓迎されていたことは、同じではないと思うのです。

これはネットでも現実の世界でもよく見聞きすることで、
当たり前と言えば当たり前のことかもしれませんが、
ここに老後の孤独を考えるうえで大切な問題があると私たちは思っています。

自分のことばかり優先してきた人が、長年の生き方をなかなか変えることができないまま、
孤独を深めてしまうこともあるのではないかと思うのです。

もちろん、
孤独になる理由は人それぞれだと思います。

病気や別れによって、人とのつながりを失うこともあるようですが、
現役時代に、どのように人と関わってきたのか。

その積み重ねが、
退職後の人間関係に少なからず影響を与えていると思うのです。

「あの人に会いたい」と思ってもらえる。
「あの人と話したい」と思ってもらえる。

「あの人が来てくれたらうれしい」と歓迎してもらえるというのは、
お金や肩書だけでは得ることのできない貴重なものだと思うのです。

船に水が入ってからでは遅い

船に水が入ってきてから、どうすれば沈まないかを考えていては間に合わないと思うと、
船を漕ぎだす前に備えておく必要があると思うのです。

老後の孤独は、それと似ていますよね。

退職して誰も訪ねてこなくなってから、人とのつながりの大切さに気づいて、
人に優しくしよう、人を思い遣ろうと考えたとしても、
長い年月をかけて育てるはずだった人間関係を短い時間で築くことは簡単なことではないと思うのです。

現役時代から人との関わり方を大切にしておくことと併せて、
自分のことばかりではなく、相手のことを考える。

してもらうことばかりではなく、自分から積極的に分け与えることはもちろんのこと、
小さな思い遣りにも気づき、感謝して受け取る。

そんな小さな善を、毎日の暮らしの中でコツコツ積み上げていくことだと思うのです。

特別なことをする必要なんてなくて、
誰かの話を聞くことでもよいと思いますし、相手の体を気遣うことや、
一緒に笑う時間を共有する。

自分にかける時間、愛情をほんの少しだけでも分けてあげる。

私は、こうした小さな行いも善因を積むことのひとつだと考えていて、
そんな日々の積み重ねが、孤独を和らげるうえでも大切なのではないかと思うのです。

誰かの幸せを願える人でありたい

人生の最後に、後悔したくない。
後悔なら、少しでも小さなものにしておきたい。

私はそう思っているのですが、
自分が後悔しないことばかりを考えるよりも、
自分と関わってくれた人に、後悔をさせたくないという思いの方が強いんですね。

一緒に過ごしてよかった。
出会えてよかった。

時間を共にしてよかったって、
そう思ってもらえるような生き方をしたい。

ちづるはそんな気持ちで運営しています。

自分の幸せを十点満点で測るよりも、
誰かのために何ができただろうかと振り返る。
そんな一日の重ね方をしていきたいと思うのです。

人を大切にしたからといって、必ず人から大切にされるとは限りませんし、
善意が報われないことだって、世の中にはたくさんあると思うんですけれど、

それでも、
報われなかったことを恨みに変えて、誰かを責めるような卑怯な自分にはなりたくないんですね。

なので、
見返りを求めずに人を大切にし続けることだと思うのです。

幸せになりたいと願うより、
誰かの幸せを願える人でありたい。

そんな積み重ねを続けた方が、
自分自身の人生をほんの少しだけ、温かく豊かにしてくれるように思うのです。

参考記事:ダイヤモンド・オンライン「人生の最後に『最も後悔すること』・ワースト1」(2026年10月30日公開)

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