建物を建てる際、平らな地面に立てるのと同じように、
人もそうだと思うのです。
フラットな気持ちというか、
フラットな人であることが大切だと思うのですが、
長く生きてくると、どうしても歪ができてしまうもので、
凝り固まるとでもいうのでしょうか。
これまで生きてきた自信ということもあると思いますが、
金銭的なものではなく、人づきあいという意味の豊かな老後ということを考えると、
どこかの時点でフラットにしておくことが大事。
8年前のことですが、
そんなことを書いておきましたが、
自己点検をしてみて、感じていることは「ママとの出会いがあって良かった」ということです。
素直に聞き入れることができる。
受け入れることができる余裕のようなものが育ってきて、
受け入れるというか、理解だと思いますが、
彼女と私では、人からの見られ方と言いますか、
人との親密度ということですが、
どうしてもママには敵わなくて、それは明るさだとか。
はじめのうちは、それが反発?のような気持ちもあって、
私には私なりのやり方がある!なんて、強がっていた訳ですが、
どれだけ時間が経っても、追いつくことができないというか、
ママの背中は遠くなるばかり…
考え方の差であることは理解しているつもりだったんですけれどね。
それを素直に取り入れることができないというか、
私はそんなタイプじゃないな!とか、私には到底無理!
そうした思いが強かったのだと思います。
物の断捨離は簡単に進めることができた訳ですが、
考え方の断捨離は本当に難しくて、なかなか進まなかったんですけれどね。
彼女と出会って、うん十年…
ブログを書いた8年前と比べて、
鈍感な私ですが、ほんの少しだけ進んだのかな。
そんなことを感じています。
私が変われば周りも変わる。
当たり前のことなんですけれどね。
頭でわかっていても、それが出来ない自分がいて、
なので、私の周りは私と似たような人ばかり…
それが悪いということではなく、
私の望んでいるものとは大きくかけ離れていて、
私には孤独というか、きっと寂しい老後が待っているんだろうなぁ。
なんて、ぼんやり思っていたのですが、
それって、怖いことですものね。
財には『人』という意味もあるそうですから、
お金だけではなく、人づきあいも大切ですものね。
いくら多くの資産を持っていても、
孤独に悩む人も多いと聞きますし、
私の場合、金銭的な豊かさはありませんが、
ちょいカラサロンの運営を続けてきて、感じているのは人の貯金の大切さということなんですね。
だけど、この人の貯金は、ただ友だちを増やせばいいという簡単なものではなくて、
いくら友人、知人を増やしてみたところで、寂しい思いをされていらっしゃる方が多い現実を見ると、
量よりも質で、質を手に入れようと思うと、まずは私自身が変わらなくてはいけない…
あれから8年。
昔の自分では考えられなかった相手のリアクションなどが増えたことは嬉しいことで、
少しだけでも、なりたい自分になれたのかな。って。
そんなことを思うと、
やっぱり人には伴走してくれる人の存在が大切で、
その伴走者は簡単に裏切らないということもそうですが、
呆れるような私のことを見捨てないでくれる人がいつも近くにいることなのだと思うのです。
簡単に手を放す人ではいけない。
こちらが手を放そうとしても、手を強く握っていてくれる人でないといけない。
私の体験からはそう思うのです。
一輪車が不安定なことと同じように
二輪車なら、より安定する。
三輪、四輪と増えて行けば理想なのでしょうけれど、
長い人生でもそんなに増やすことは簡単ではなさそうで、
私の場合、ここに辿り着くまでにうん十年の時間がかかっていて、
それでも二輪のまま…
この8年間で、ママのお手伝いを任されるような人に近づくことができたのかな。って、
ちょいカラサロンもちづるも、そういう意味でお客様に喜んでいただけるといいな。と思うのです。
また、二輪から三輪、四輪と増えて行くのも楽しみなんですね。
次の更新は、8年後。
ということで、おしまい。
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