意欲の低下に、どうブレーキを掛ければ良いのでしょう。

最近、「意欲」について考えることが増えました。

大きな工場の炉は、一度停止してしまうと、
もう一度温めるまでに大変な時間とエネルギーが必要だという話を聞いたことがあります。

人の意欲も、どこかそれに似ているような気がしています。

ちょいカラサロンでも、
「最近、意欲が落ちてきた気がするのよ。」

そんなお話をされるお客様がいらっしゃいます。

その方は続けて、
「だから外へ出るようにしてるんだけどね。」
と話してくださいました。

その言葉がとても印象に残っています。

医療に従事されている方から伺った、
「意欲があるから外出するのではなく、外出するから意欲が湧くんだよ」
という言葉を思い出しました。

心理学では、高齢期の生きがいには、「誰かに必要とされている感覚」や「役割」が大切だと言われていますが、
私たちはそれをどうご提供すれば良いのか、その答えを探しています。

ちょいカラサロンは、歌が好きな方が集まる場所というイメージを持たれる方が多いと思いますが、
私たちが本当に考えているのは、歌の先にあるものです。

「歌うこと」でもなく、
「交流すること」でもなく、
その人が、一人の人として迎えられること。

それが、私たちがちょいカラサロンで一番大切にしたいことです。
マナーを守って、歌を中心に楽しみたいという方には、少し物足りなく感じられるかもしれませんが、
私たちは歌の先にある、人とのつながりも大切にしたいと思っています。

ケアマネージャーさんからご紹介され、
ご夫婦でちょいカラサロンにお越し下さった方もいらっしゃいましたが、
人付き合いがあまりお得意な様子ではなく、周りの方と自然にお話しすることができませんでした。

私たちもその方だけに付きっきりになることはできなかったことから、
期待されていた時間とは違ったと感じられたと思います。

その後のご利用はありませんでしたが、改めて感じたことは、
居場所というものは、お店が用意すれば出来上がるものではないということで、
お客様自身も、少しずつ時間をかけて育てていくものなのかなと思うんですね。

最近では地域包括支援センターやデイサービスなど、様々な支援があります。

でも、「まだ自分は行くほどではない。」
そう思われる方も少なくないようです。

それは心療内科を勧められた時の反応と、どこか似ているようにも感じます。
本当はもっと早い段階で人とつながることができれば良いのでしょう。

もしかすると、その答えは、
「しっかり話を聞いてもらいたい。」「誰かに話したい。」
そんなところにあるのかもしれません。

でも、世の中を見渡してみると、それだけを目的とした場所は意外と少ないように思いますし、
「私はもう対象とされていないんだな」と感じる場面が少しずつ増えていくようにもなります。

Note 世の中の多くのものが、自分に向かって語りかけていない

便利な時代になりました。

スマートフォンを開けば、欲しい情報はすぐに見つかります。
AIと会話を楽しんでいる方もいらっしゃいます。

でも、人から向けられる「お久しぶりですね。」や
「お待ちしていました。」という言葉とは、どこか違うようにも感じます。

そうした中、意欲が低下してしまった方に、どうすればもう一度元気になっていただけるのか。
問題はあまりにも大きく、答えはまだ見つかっていません。

少しだけ分かっていることがあります。

それは、ちゃんとその人に向き合うこと。
一人の人として尊重すること。
そして、一人の人生としてお迎えすることです。

それだけで意欲が戻るほど簡単なものではありません。

それでも、そうした積み重ねが、消えかけた火を守ることにつながり、
小さな薪を一本ずつ炉にくべることになるのではないか。

そんなことを思っています。

それでも、
意欲の低下に、どうブレーキを掛ければ良いのか。
このことは、これからも考え続けていきたいと思っています。

お客様との何気ない会話や、日々の出来事、色々なイベント。
その一つひとつの中に、答えのヒントがあるような気がしています。

ちづるやちょいカラサロンで過ごす時間が、
誰かの意欲という炉に、小さな薪を一本くべるような時間になれたら。

そんなことを願っています。

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