ちづるは、太陽のようなママと、月のような私。
二人で10年ほど店を続けてきました。
この10年間、本当に色々なお客様にご利用いただきました。
ほんの少しですが、お客様のお手伝いをさせていただいていたつもりでいましたが、
振り返ってみると、ちづるを必要としてくださるお客様に支えられてきた10年だったように思います。
ストレスは、いろいろな形になって現れます。
食欲が異常に増える人もいれば、反対に何も食べられなくなる人もいます。
円形脱毛症になってしまう人もいます。
胃痛に悩まされる人もいれば不定愁訴に悩まされる人もいるようです。
必要のないものを買い続けてしまったり、些細なことで人と衝突してしまったり。
私もそんな時期がありました。

そんな時に私を支えてくれたのが、ママでした。
何か特別なことをしてくれたわけではありません。
ただ、彼女の天真爛漫さに触れていると、
私が抱えていることは重箱の隅をつつくようなことに思えてきて、
考えること自体が馬鹿らしく感じてくるのです。
ママは私の好きなものを作ってくれることもありました。
会話の中で何気なく口にしただけのことなのに、
数日後にはさりげなく用意してくれている。
そんなことが何度もありました。
大げさな励ましではありません。
けれど、そういう静かな応援が、
「このままではいけない」と強く思わせてくれたのです。
彼女はカウンセラーでもありませんし、特別な知識があるわけでもありません。
それでも、色々なことで悩んでいた当時の私には、
ちょうどいい距離感と、ちょうどいい温度の人でした。
これまで色々なお店を利用してきました。
けれど、ママのような人には出会ったことがありません。
もちろん、お店は商売です。
それは当たり前のことで、商売でなければ続いていきません。
ただ、私はどこかでそのことを意識してしまう人間でした。
一生懸命通ってみても、
距離が縮まらないような気がしたり、
これ以上は近づかないようにしているのかなと感じたり。
それは私の思い込みだったのかもしれません。
けれど、そんな風に感じることが多かったのです。
そんな中で、今でもお付き合いが続いている方がいます。
以前、鉄板焼きのお店をされていたママさんです。
ご主人が亡くなられたことをきっかけに店は閉められましたが、
今でも時々連絡を取り合っています。
もう15年以上になるでしょうか。
店と客という関係が終わった後も続いているご縁というのは、
そんなに多くないものなのかもしれません。
ただ、
こうした関係は一方的に受け取るだけでは成り立たないように思うんですね。
もちろん、お客様はお金を払い、お店はサービスを提供する。
それだけで十分に成立する関係です。
けれど、
古い考え方なのかもしれませんが、
人と人との付き合いというのは、
それだけではないような気がするんですね。
最近はコスパやタイパという言葉をよく耳にします。
それも時代なのだと思いますし、決して悪いことだとは思いません。
ただ、
私たちは、良くしてもらったら良くしたい。
助けてもらったら助けてお返ししたい。
そんな風に思いながら生きてきました。
だからこそ、長く続いているご縁というのは、
どちらか一方が得をしているのではなく、
お互いに相手を大切に思っているから続いているのだと思います。
そう考えると、
コロナ禍もありましたし、今は物価高騰で苦しい時代でもあります。
それでも、今でも人とのご縁が続いていること。
誰かを思い、誰かに思っていただけること。
そんな毎日の中で生きていられるというのは、幸せなことなのだと思います。
そうしたご縁の中で生きていられることに感謝しながら、
私たちもまた、必要としてくださる方へ何かをお返しできるよう、
良い循環の種まきを続けていきたいと思うのでした。
この種まきをしたくない。
そう感じるようなことがあれば、
それはきっと、私たちだけが収穫したいと思っているサインなのでしょう。
私たちだけが食べたいと思っているサインなのでしょう。
そんなサインを少しでも感じたら、お店を続けて行くのはやめようねと、いつもママと話しています。
いつまでも。
愛されたら、
愛し返していたいですね。
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