元気でいられる時間は、あと何年あるのだろう。|定年後の十年を、老後の余白にしない。

「仕事を辞めたあと、昼間にふらっと立ち寄れる場所を作れないだろうか」
そんなことをブログに書きました。

定年したばかりの人を、いきなり「高齢者」にしてしまうのではなく、
まだ元気だし、遊びたい。

人とも出会いたいと考える人たちが立ち寄ることのできる昼のスナック。

ちづるで、そんな場所を作ってみたいというお話です。

この記事を書いたあと、
私自身、あと何年くらい、今と同じように元気でいられるのだろう。

そんなことを考えてしまいました…

そんなことは誰にも分からないわけですが、
ちょいカラサロンで後期高齢者の皆さんと接してきたこともそうですし、
ちづるをご利用下さっていたお客様のその後を考えると、

「老後」というものを、以前よりずっと身近に考えるようになって、
歳を取ることを少し怖く感じるようになってきました。

「この先の世界を見たことがない」

ちづるへお越しくださるお客様が、
「この先の世界を見たことがないから、どうなるか分からない」と、
こんなことを話されていて、それがずっと心に残っているんですね。

これまでの人生でしたら、
若かった頃も仕事をしてきた時間も今の自分も知っているわけですが、
70歳になったときの自分を私はまだ知りませんし、80歳になったときの自分なんて想像すらできないんですね…

車を運転して好きなところへ出かけることができているんだろうか、
そんなことも考えてしまいますし、お仕事だってしていないかもしれません。

ちづるで出会ったお客様とも離れ離れになってしまって、
まったく違う生活をしているかもしれませんしね。😢

まだ一度も体験したことのない世界。
どれだけ想像してみても全く分からない世界だと思うと、
「きっと大丈夫」なんて思えなくて、正直なところ、不安で不安で仕方ないという感じです…

元気な80代の人を見ながら

ちょいカラサロンで私たちがお会いしている80代の方は、
ちょいカラサロンまで来ることのできる80代の方…

私たちは同じ年代のすべての人を見ているわけではないということです。

病院へ通うことが生活の中心になっている方もいらっしゃいますし、
介護を必要とされている方や、施設で暮らしている方もいらっしゃいます。

これは後期高齢者の方ばかりではありません。
悲しいことですけれど、70代の方でもそういう方はいらっしゃいますものね…

80歳を過ぎても驚くほど元気な方はいらっしゃいますが、
もっと若いうちから身体の自由が利かなくなったという方もいらっしゃいます。

なので、何歳までなら大丈夫であるとか、
何歳になったら高齢者なんて、そんなふうに年齢で線を引くことはできないと思うのです。

ただ、
ちょいカラサロンを続けながら、私たちが感じるようになったことは、
生きている年数と、今と同じように自由に動ける年数は同じではない。
ということです。

今の世界の続きにいるのは、70代まで?

私の周りにいる70代の方々を見ていると、
まだ現役世代と同じ世界の中で暮らしている方が多いように感じます。

もちろん、若い頃と同じではないと思いますが、
生活している世界そのものは、現役だった頃からまだつながっている方が多いように見えます。

そう思うと、
65歳前後から75歳くらいまでの10年という時間は、
これまで考えていた以上に大切な時間なのではないかと思うようになりました。

定年を迎えて仕事は終わったけれど、まだまだ元気。

時間もあって、出かけることもできますし、
人と知り合うこともできれば、新しいことを始めることだってできる。

この先の生活を自分で変えることができる。

そう思うと、この10年という時間は、
まだ自分の意思で生活を組み替えることのできる最後の大きな期間なのかもしれません。

元気だから、まだ先でいい

元気でいられるときは、「まだ先でいい」と思ってしまうもの…

旅行だって、そのうち行けばいいと思ってしまいますし、
会いたい人にだって、会えること自体、普通のことですものね。

やってみたいことだって、
時間ができてから始めればいい、と思いますし、
人付き合いということでいえば、寂しくなってから考える、と言う人も…

ですが、
必要になったときに、今と同じように身体が動くとは限りませんし、
人との関係って、必要になった日に買えるようなものではないですものね。

行きつけの場所もそうですけれど、
初めて扉を開けたその日から、「自分の居場所」になるわけなんてなくて、

何度も顔を出して、顔を覚えてもらって、
それが少しずつ自分の生活の一部になっていくわけですから、
元気だからまだ必要ないのではなく、
元気なうちだから作っておかなくてはいけないのかも。

そう思うのです。

定年後の十年を、老後の余白にしない

目安でしかありませんが、65歳から75歳くらいまで。

人によって違いますから、75歳を過ぎたら何かが終わるという話でもありません。

若い頃に体を鍛えていた人が急に衰えてしまったり、
特に何もしてこなかったよ、という人が現役の頃のように元気だったり…

いくつになっても、元気に自分の生活を楽しめるならそれが一番だと思うのですが、
定年してから本格的に歳を取るまでの10年という時間を、「余った時間」のように考えない方がいいと思うようになりました。

そう思うと、余った時間ではなく、
これからの人生を作るための10年という時間なのかもしれません。

また、
元気でいられる間に作り上げておいた「自分なりの生活」を持ったまま、
その続きを生きていきたいと思うと、

定年後の10
年という時間を、老後の余白にしない方がいい。

そんなことを思うんですね。

私たちに定年はありませんが、
年齢的なことから自分自身に常に言っている言葉で、
そうした考え方が大切なのかなって、今になって、強く思うのです。

動画は、先日書いたブログでもご紹介したものですが、
今回この記事を書きながら、改めて見てみました。

もちろん、ここで紹介されている話が、
すべての人の定年後に当てはまるわけではありませんが、
私たちがお客様からお聞きしてきた話や、今回考えていたことと重なる部分がいくつもありました。

定年するのは、旦那さんだけなのに…

その他、定年後の暮らしを見てきて、
もう一つ思うことは、「定年は本人だけの問題ではない」ということです。

男性が定年した場合、
一緒に暮らしている奥様の生活まで、その日を境に大きく変わってしまうことがあって、
それはよく聞くことでもあります。

旦那さんにとっては、
「明日から会社へ行かなくていい」という日の始まりですが、

でも奥様にとっては、
「明日から旦那さんが毎日家にいる」
という、始まりの日でもあるんですよね。

女性は比較的、家庭とは別の人間関係を持っている方が多いようで、
女性同士で友達を作って、一緒に食事へ行ったり、お買い物へ行ったり、おしゃべりを楽しまれている方が多い印象です。

ちょいカラサロンを見ていても、
女性同士のつながりというのは強いなと感じることがあります。

それを見ていて思うことは、
女性については「定年後に行くところがなくなる」ということ以上に、
定年した旦那さんとの時間を、どう共に過ごしていくのか。

旦那さんの問題と併せて、こちらも問題になることがあるのではないか、
そう考えています。

奥様は、旦那さんの部下ではないんですよ

お仕事をされていた頃には、
会社へ行けば自分の席があり、部下や同僚がいて、
一日の予定や仕事があったと思いますが、

定年を迎えることで、それらが一度になくなり、
それまで会社に向いていた時間や関心が、今度は家庭へ向かうという人もいるようです。

旦那さんの定年後のリズムに合わせて、
長年続けてきた、食事やお洗濯、お掃除の時間を変えることになりますし、
これまでのお友達付き合いの形も変わってしまいます。

旦那さんの生活を奥さんが管理しなくてはいけなくなるという話を聞くこともあります。

ときには、
会社を辞めた旦那さんの部下のようになってしまう。
こんなお話を聞くこともありますが、旦那さんが定年したからといって、
奥様まで定年したわけではないんですよね。

奥様には、それまで作ってきた奥様自身の生活もありますし、
お友達もいれば、予定だってありますしね。

一人で出かけたい日もあれば、
何もせず一人で過ごしたい日だってあると思うのです。

夫婦だから、いつも一緒にいることが幸せとは限らないんですよね。

旦那さんが定年するまで何十年も、それぞれの生活を持っていた二人が、
定年したその日から、一日中一緒に生活するというのは、
旦那さんが考える以上に、奥様にとっては大きな変化であり、負担だと思うのです。

その大きな変化にストレスを感じたり、
心や身体の調子まで崩してしまったという話を聞くこともありますが、
それだけ生活の変化は大きいということを、旦那さんが知っておくことも大切だと思うのです。

旦那さんが来なくてもいい

そうした事実があることを考えると、
もちろん、旦那さんが来てくださっても良いと思いますし、
旦那さんと上手に距離を取りたいという、奥様にもご利用いただけると良いと思っています。

ちょいカラサロンでは、そうした奥様のご利用も実際、あります。

そうした別々に過ごす時間を、現役時代の頃のように少し作ることは、
夫婦の一日のリズムを急に変えてしまわないという意味でも、
大切なことなのではないかと考えています。

定年した旦那さんが毎日家にいるようになって、
少し息が詰まっている奥様が、「ちょっと出てくるね」と、出かけることも良いと思いますし、

旦那さんが、現役の頃に家を空けていたように、
奥様のこれまでの時間を、できるだけ変えないようにすることは、
これまでの夫婦関係を急に変えないという意味でも良いことだと思うのです。😊

家とは別に、自分の時間を過ごせる場所が一つある。

旦那さん、奥様どちらでも良いのですが、
それをするだけでも、少し違うのではないでしょうか。

夫婦だからこそ、それぞれの場所を

歳を取ったら、夫婦でのんびり暮らす。と話す旦那さんは多いです。

現役時代には、そんな老後を思い描く人も多いのかもしれません。

もちろん、
二人で旅行をしたり、食事へ行ったり、
一緒に過ごす時間も大切なことだと思うのですが、

夫婦だから何でも一緒にしなければならないわけではないですものね。

旦那さんには旦那さんの行く場所があって、
奥さんには奥さんの、これまで続けてきた生活や時間があるんですものね。

それぞれに話す人がいて、それぞれの時間を過ごして、
夕方になったら、また同じ家へ帰る。

定年するまでのリズムを急に変えすぎないことも、
夫婦がこれから一緒に暮らしていく上で、考えておかなくてはいけない大切なことなのかもしれません。

昼のちづるが、男性にとっても、女性にとっても、
家族ではない誰かと過ごす、自分の時間。
そんな時間を持てる場所になったらいいなと思っています。

私も、体験したことのない世界へ行く

思っていることを書いている私ですが、
これは定年したお客様だけの話ではなく、私たち自身の問題でもあります。

これからシニア期に入っていくわけですが、
その世界を私はまだ知りません…

今できていることが、いつまでできるのか。
今会っている人たちと、いつまで会えるのか。

今の生活を、いつまで続けられるのかなんてまったく分かりません。

つい最近まで、老後というのは、
もっとずっと先にあるもののように感じていましたが、

ちょいカラサロンで皆さんと毎日のように接して、
自分自身も歳を重ねてくる中で、その距離が随分短くなってきたように感じるんですね。

体験したことのないゾーンへ、自分も少しずつ近づいていると思うと、
怖くなってしまうのですが、怖いからこそ思うことは、

まだできることを、「そのうち」にしない方がいい、ということで、
行きたいうちに行きたいところへ行って、会いたい人に会えるときに会っておく。

一緒に笑える人を大切にする。

自分が歳を取ってからも行きたいと思える場所を今から作っておく。

昼のちづるを作ってみたいと思ったのは、
誰かの老後を心配したからだけではなく、
私たち自身の問題として、そう思うのです。

何年か先の自分たちにも、こんな場所があったらいい。

そんな気持ちが、どこかにあったのだと思います。
この先の世界がどうなっているのかは、まったく想像がつきません。

見たことも、
体験したこともないんですものね。

未体験ゾーンへ行くまでの時間を、
老後までの待ち時間にはしたくはないのです。

生きている時間と、自由に動ける時間は、同じではない。
と思うと、

定年後の十年を、老後の余白にしない。
そう考えたからといって、怖さがなくなったわけではありません。
それでも、その怖さも抱えたまま、
今残っている元気な時間を大切に使ってみたいと思うのでした。

シニアと呼ばれるようになっても、
気持ちまで「高齢者」にならなくてもいいんですものね。

いつまでも気持ちは現役でいられるように。
そんなことにも、昼のちづるがお役に立てたらいいなと思っています。😊

この記事を書いたあと、
「今残っている元気な時間を、何に使おうか」と考えるようになりました。

そしてママと話している中で、
また一つ、バカバカしいことを始めることにしました。😅

108の新しい思い出をつくる、
「煩悩を消す旅。」です。

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