スナック千鶴物語 第18話
霧島市国分「スナック千鶴(現在のちづる)」の実話をもとにした物語です。
第18話|「ちづる」という名前で歩き始めた頃|スナック千鶴物語
スナックとして登録していた千鶴でしたが、
私たちにとって夜の世界は初めてのことでした。
当時はまだ、
「スナック」
という言葉に、
どこかネガティブな印象を持っていたこともあり、
表向きは“カラオケ屋さん”として営業を続けていました。
けれど、
彼女が来てくれたことで、
私たちの中にも少しずつ自信が生まれていきました。
さらに、
当時のカラオケ店の相場は3000円ほど。
料金を見直したことや、
木製看板へ掛け替えたこともきっかけになり、
「これからは、ちゃんとスナックとしてやっていこう」
そう決めたのです。
ただ、
“スナック”という言葉への抵抗感はまだ残っていました。
そこで私たちは、
「スナックちづる」
ではなく、
「スナックバーちづる」
と名乗ることで、
少しでも柔らかい印象になればと考えました。
また、
ホームページでも、
あえて“スナック”という言葉を使わず、
「ちづる」
という表記だけにしていました。
創業当時のようなお客様が、
また来てしまうのではないか。
そんな不安もあったからです。
けれど、
この“ちづる”だけの表記が、
後々ウェブ上では大きな苦労につながっていくことになります。
何のお店なのか分からない。
検索しても出てこない。
ホームページは、
まるで個人の日記サイトのような状態のまま、
静かに続いていました。
けれど、
神様が遣わせてくださったような彼女との仕事は、
何も知らなかった私たちに、
たくさんの刺激と自信を与えてくれました。
創業当時のようなお客様が来られなくなったことも、
大きかったのかもしれません。
派手さや、
にぎやかさを求める方が減っていき、
代わりに、
「静かに飲みたい」
「落ち着いて過ごしたい」
そんなお客様が、
少しずつ増えていきました。
当時は、
「美の対象になるスタッフはおりません」
などと、
自虐的にお伝えしていたこともありましたが、
結果的にそれが、
“ワイワイガヤガヤした店”
から抜け出すきっかけになっていったのかもしれません。
お客様の数は、
創業当時と比べると半分以下になっていました。
けれど、
接客を通して喜んでいただけること。
「ありがとう」
と言っていただけること。
それは、
売上以上に嬉しいことでした。
そして私たち自身も、
夜の仕事に対して後ろめたさを感じることなく、
少しずつ前を向けるようになっていったのです。
もちろん、
まだ完璧だったわけではありません。
「国分で一番悪い店」
そんな噂を耳にすることはなくなっていましたが、
どこかちぐはぐな部分も残っていました。
それでも、
継ぎはぎをするように、
少しずつ店を整えていったのです。
そんな頃だったと思います。
千鶴を始めるきっかけを作ってくれたママが、
「あの子たちは色気で売っている」
と、
自分のお店で話している。
そんな話を、
お客様から聞くことがありました。
私たちはとても悲しい気持ちになりました。
色気で売りたくない。
そうならないよう、
必死に店を変えようとしていたことを、
ママ自身が一番知っているはずだったからです。
ちづるが少しずつ持ち直してきたことを、
快く思わなかったのかもしれません。
けれど、
他のお店を悪く言ったり、
争ったりするようなことだけはしたくありませんでした。
神様はきっと見てくれている。
そう信じながら、
私たちは今日も、
不器用な“継ぎはぎ”を続けていました。
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