定年したら、何をしよう。
歳を重ねたら、どんな毎日になるのだろう。
そんなことを考えることがあります。
老後のお金の問題については、いろいろなところで目にしますし、
健康についての情報もたくさんあります。
どれも大切なことだと思いますが、
私たちが「ちづる」や「ちょいカラサロン」を運営している中で、
いろいろな年代の方と長く接してきて、最近よく考えるのは、
この先、どこで誰と生きていくのだろう。
ということです。
家族がいても、一日中一緒にいるわけではありませんし、
友達がいても、友達には友達の生活がありますものね。
仕事を辞めてしまえば、
それまで当たり前だった人とのつながりが、少しずつ変わっていくこともあります。
私たち自身も歳を取っていく中で、
元気だから分からないこともあると思いますし、
その年齢になってみなければ分からないことなど、たくさんあります。
その過程の中にいる私たちに答えなんて出せないわけですが、
これまでお客様と接してきた中で感じたことや、
自分たち自身がこれから歳を重ねていく中で考えていることを、
少しずつ書いていて、ここは、その入口。
定年したあと、何が変わるのだろう。
仕事を辞めれば、自由な時間が増えるわけですが、
増えるものばかりではないようです。
毎日会っていた人に会わなくなりますし、
仕事の電話もなくなって、肩書がなくなる。
気がつけば、一日に誰かと話す言葉そのものが少なくなっていく…
定年後に減っていく「会話」について考えてみました。
元気で動ける時間は、あと何年あるのだろう。
人生が何年残っているかなんて、誰にも分かりませんが、
もう一つ考えておきたいのは、
「今と同じように、自分の意思で自由に動ける時間は何年あるのだろう」か、
ということです。
生きている時間と、自由に動ける時間は同じではないのかもしれません。
そう思うと、
まだまだ元気な今の時間を、老後までの待ち時間にはしたくない。
そんなことを考えました。
定年したあと、どこへ行けばいいのだろう。
まだ元気ですしね。
介護が必要なわけではありませんものね。
「高齢者」と呼ばれることに、抵抗というか、違和感を感じていながら、
でも会社にはもう行くことはない…
そんな定年後と高齢期の間にいる人が、普段着のまま行くことのできる場所って、意外に少ないのかもしれません。
私たちが考える「昼スナック」について書きました。
自分を待っている生活がありますか。
仕事をしている間は、職場に行けば昨日の続きがありますよね。
自分の机があって、仕事もあって、待ってくれている人がいるわけですが、
仕事を辞めたあとにはどうなるのでしょう。
待っている「人」がいるかどうかだけではなく、
自分を待っている「生活」があるか。
そんなことを考えてみました。
これからの私たちは、どんなふうに歳を取るのだろう。
これから高齢期を迎える世代は、これまでの高齢者とは少し違うと考えています。
スマートフォンを使いこなせていますし、
YouTubeを楽しんでいらっしゃる方もいらっしゃると思います。
ネットでお買い物もできますから、
一人でも退屈せずに、一日を過ごすことができてしまうんですよね。
でも、
一人で退屈しないことと、人とのつながりがあることは同じなのでしょうか。
これからのシニア世代と居場所について考えました。
人とのつながりには、恋愛という理由が必要なのだろうか。
男女が親しくしていれば、
恋愛関係に発展しなければいけないのでしょうか…
家族でもなければ、恋人でもない。
それでも、お互いを大切にする関係はあっていいと思いますし、
案外、そうした関係の方が長く続くというもの。
色恋ではなく、もてなし。
相手に期待させるようなことはしないけれど、大切にはする。
長くスナックを続けながら考えてきた、
人との距離について考えてみました。
一人の人に、すべてを求めなくてもいいのでは。
家族だからとか、夫婦だからとか。
親友だから、ということもありますよね。
一人の人が、自分に必要なすべてのものを持っていなければならないわけではないと思うのです。
この人とはご飯を食べるし、この人とは歌うとか、
この人とはくだらない話をするなど、
誰かが少しずつ持ち寄ることで、一人では作れなかった時間が生まれることがあります。
答えは、まだ分かりません。
ここまでいろいろ書いていますが、
「こうすれば幸せな老後になります」
そんな答えを、私たちが持っているわけではありません。
私たち自身も、これから歳を取っていきます。
今できていることが、いつまでできるのかも分かりませんし、
今、そばにいる人といつまで同じ時間を過ごせるのかさえ分かりません…
ただ、いろいろな年代のお客様を見ながら思うことがあります。
お金や健康だけでもなければ、趣味だけでもないんですよね。
自分から行く場所があって、
そこへ行けば、顔を知っている人がいる。
「今日はどうしたの」と言ってくれる人が待ってくれている。
歳を重ねてからの生活にはそうしたことも、必要なのかもしれないと思うのは、
必要になったその日に、お金を払えば手に入るものではないからです。
何度か顔を合わせることもそうですし、
話すことも、聞くことも。
一緒に笑うことだって大切なことで、
そうやって少しずつ、「知っている人がいる場所」が、「自分の行く場所」になっていくんですものね。
私たちが今考えていることは、
そんなことなのです。
この先、どこで誰と生きていこう。
って、答えはまだ見つからないんですけれどね。
これからもヒントを探してみようと思ってます。
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